SIT Academic Column 「機械受容」の解明が農業と医学の未来を拓く

2022/02/25
  • SIT Academic Column
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生き物が力や変形を感じる「機械受容」は 触覚・聴覚・平衡感覚など、重要な感覚の基礎となっている。
さらに近年、機械受容は細胞の分化などの多様な生体機能に影響を与えることが明らかになっている。
芝浦工業大学では、そのしくみを解明し、農産物の増収や疾患の回復に役立てることをめざしたメカノバイオロジー分野の基礎研究が進められている。


動物・植物の両分野で感知と対処のメカニズムを研究

生物はどのようにして、自分に加えられる力や変形といった機械刺激を感じるのだろうか。動物も植物も、音、振動、接触、重力 、圧力など、様々な機械刺激を感じているはずだが、「それらを感じるしくみ=機械受容」ついては、まだ解明されていない。 このしくみが解明されれば、固い土壌でも根を伸ばすことのできる植物、激しい風雨に負けない植物などの「感知と対処のメカニズム」がわかるようになり、それを農作物の品種改良に応用できるようになるかも しれない。動物の場合には、生体に加わる力が細胞にどう働きかけるのかを解明できれば、疾患が生まれるメカニズムの解明、新薬開発に役立つ可能性がある。こうしたことから、生物が感じる力の役割とそのメカニズムを研究する「メカノバイオロジー」 という新しい学問分野が生まれている。システム理工学部機械制御システム学科の吉村建二郎教授は、このメカノバイオロジー分野で、生物の「機械受容」を植物と動物の両面から解明しようと、人工脂質膜を用いた電気生理学的研究に取り組んでいる。

MCA タンパク質が植物の接触センサーであることを証明

2021年10月、吉村教授、東京学芸大学の飯田和子研究員、飯田秀利名誉教授の研究チームは、MCAタンパク質が植物の接触センサーとして働くことを世界で初めて証明した研究成果を発表した。

それまで、植物には固有の接触センサーがあると考えられていたが、それが何かはわかっていなかった。2007年、東京学芸大学の飯田教授らは、シロイヌナズナのMCA1とMCA2のタンパク質が接触センサーの候補であると考えた。この二つのタンパク質は細胞膜に存在し、細胞膜が伸ばされるなどの機械刺激を受けて、細胞内にカルシウムイオン(Ca2+)を取り込む働きを持っている。こうした働きを持つタンパク質は「機械受容チャネル =接触センサーの一種」と考えられている。そこで、シロイヌナズナのMCA1とMCA2の遺伝子を酵母やアフリカツメガエルの卵母細胞内で働くようにして、 この二つのタンパク質を解析することにより、これらが接触センサーの有力候補であることを示した。

しかし、この二つのタンパク質が植物の接触センサーであることの証明はできな かった。なぜなら、実験に生きている細胞を使ったため、MCA1とMCA2が細胞膜の伸展などの機械刺激を直接感じているのか、細胞内の別のタンパク質が機械刺激を感じ、その情報をMCA1、MCA2に伝えているのかを区別できな かったからだ。そこで、この研究に加わっ たのが、人工の細胞膜を用いた電気生理学的研究において世界の第一人である吉村教授だ。

吉村教授は、試験管内で合成・精製されたMCA2を人工脂質膜に組み込み、その膜を伸展させると、膜の伸展の度合いに応じてMCA2がCa2+を通す確率 が上がることを発見した。また、MCA1 、MCA2を通して、脂質人工膜内にCa2+が流入することも証明した。こうして、この2つのタンパク質が、膜の伸展を感じてCa2+を浸透させる接触セ ンサーであることが、世界で初めて証明されたのだ。

この研究チームは、MCA1、MCA2タンパク質は人工脂質膜上でそれぞれ4分子が集まってイオンの通り道、すなわちイオンチャネルを形成することも証明した。この集合体は4本の円筒が集まった形をしていて、脂質人工膜が引っ張られると円筒の中央にイオンの透過孔が開き、そこをCa2+が通るのではないかと研究チームは考えているが、この仮説が正しいかどうかは今後の検証が必要だ(図1)  。
 
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図1 MCA 機械受容チャネルがCa2+を通す時の模式図 (吉村教授提供)
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図2 クラミドモナスと回避反応 吉村教授提供

植物が成長の仕方を変える メカニズムの解明と応用に期待

強風にさらされている木は幹が太く背が低くなる、麦踏みをすると芽がよく出るようになるなど、外から加わる力によって植 物の成長の仕方が変わることは経験的に知られている。このしくみを知って、植物の対処の仕方をうまくコントロールできれば、生育環境にあった農作物や収穫量の多 い農産物を作ることが期待できる。しかし、こうした応用までには、まだ時間が必要だ。今回の研究では、植物が力を感じるきっかけとなっている接触センサーを特定したが、Ca2+が細胞に入った後に何が起こっているのかは、まだわかっていない。今後の研究でこのメカニズムが解明できれば、植物の成長を妨げるような条件下でも、その条件に負けずに育つ植物を作ることが可能になる。

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研究室での吉村教授の実風景

単細胞生物の機械反応の解明は 疾患の治療につながる

吉村教授が研究室の学生とともに長年取り組んでいるのが、単細胞生物や微生物が機械刺激を感じるしくみの解明だ。単細胞生物クラミドモナスは2本の繊毛を持ち、 繊毛が何かにぶつかったと感じると回避反応として後退遊泳する(図2)。クラミドモナスの接触センサーがTRP チャネルタンパク質であることを吉村教授は発見しており、研究室ではクラミドモナス のTRPチャネルが衝突に反応するメカニズムの解明、衝突情報を繊毛がどのように処理しているのか、その情報に基づいて回避反応を起こすしくみについて研究をしている。TRPチャネルはさまざまな感覚や疾患に関与していることが知られている。

このように、機械受容のしくみを解明する研究は、将来、医学分野で様々な疾患の治療に応用できると考えられている。例えば、繊毛の異常で引き起こされる病気がある。腎臓内の細尿管の中には一次繊毛という繊毛が生えていて、この繊毛は尿の流れを感じる流速センサーとして働いている。 この繊毛に異常が起きると、尿の流れが感じられないために尿を作り過ぎてしまい、多発性嚢胞腎という病気になる。クラミドモナスの繊毛の研究は、将来、こうした疾患の治療に役立つかもしれない。吉村教授 は「植物と動物の両方の研究をしているのが自分の強み。機械受容のしくみを全体として捉えて普遍化したい」と語る。細胞膜上のCa2+の動きを解明するというミクロの世界の研究は、医学、農学という広大な分野で人類に貢献する道を拓こうとしている。
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吉村 建二郎 教授
システム理工学部 機械制御システム学科


専門は生物物理学、細胞生物学、理系英語。1985年東京大学理学部生物学科卒、1990年東京大学 大学院理学系研究科動物学専攻博士課程修了。理学博士。東京大学、科学技術振興事業団、筑波大学、メリーランド大学を経て、2014年芝浦工業大学システム理工学部機械制御システム学科教授に就任。


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