SIT Academic Column 先端画像認識技術で視覚障がい者を支援する

2021/08/25
  • SIT Academic Column
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世界保健機関(WHO)によると、世界では22 億人を超える人々が何らかの形で視覚障がいや失明を抱えている。
またコロナ禍により接触がはばかれることで、視覚障がい者の生活の不便さは一層増している。
このような背景の中で、視覚障がい者が世界中どこでも安心して歩ける世の中を、そして多様性のある社会の実現を目指した研究が進められている。


2050 年、視覚障がい者数は現在の3倍に

私たちは普段、五感から周囲の情報を得ている。特に視覚については重要で、「人が得る情報の90%は視覚に由来する」と言われるほどだ。その視覚のおかげで、私たちは本を読み、テレビや映画を見ることができる。自分の行きたい時に、行きたい場所へ行ける。しかし、"見えること"を前提とした現代社会においては、そういった当たり前のことが、視覚障がい者にとっての当たり前ではなくなる。
このような、障がい者や要介護者といった他人の支えが必要な人々の支援に注力して研究を展開しているのが、工学部電子工学科のプレーマチャンドラ チンタカ准教授だ。ロボット技術と画像処理技術を組み合わせて、人々の生活を快適かつ豊かにすることを目指して日々研究を推進している。
チンタカ准教授が取り組む研究ひとつに、視覚障がい者向けの支援システムがある。現在、視覚障がい者の数は日本のみならず各国で増加傾向にあり、その支援策は世界にとっても大きな課題となっている。世界一の高齢社会を迎えていると言われる日本では、総人口に占める高齢者人口の割合が2020年で28.7% と過去最高を更新。それに合わせて視覚障がい者数も1951 年の21.1 万人から2016年には31.2 万人へと増加している(厚労省の統計は5年ごとに実施。次回の調査は2021年)。
世界に目を向けても状況は悪化している。先進国をはじめとする世界中で高齢者が増加している中で、2019 年時点では視力障がいから失明に至る様々な視覚障がいを持つ人々が22億人以上いるとされている。さらに、英アングリア・ラスキン大学の研究チームは、世界の視覚障がい者の数が2050年までには3倍に増加すると予測する。そのため、今後は視覚障がい者への支援がより一層必要になると考えられる。

不十分な視覚障がい者への支援環境、コロナ禍により一層厳しさを増す

日本は世界と比較して視覚障がい者支援のインフラが整備されている国といわれている。しかし、科学技術が進んでいる日本でさえ視覚障がい者が一人で街を出歩くために十分な環境が整っているとはいえない。例えば、ヨーロッパでは高齢者や障がい者専用のレーンを設けるスーパーなどが見られるが、日本ではまだその数は非常に少ない。
視覚障がい者への自立支援として代表的なものに、盲導犬による支援や白杖の使用が挙げられる。盲導犬は世界で数万頭が活動しているが、世界にいる3,600 万人の失明者に対して十分な数とはいえない。また、盲導犬には訓練や管理が必要なため、その数を急増させるのも難しい。これに対し、白杖は入手しやすいが、使いこなすのに時間がかかり、利用者が一人で歩けるまで同じコースを何度も歩いて訓練しなければならない。そのため、視覚障がい者が慣れない場所に出かける際には、介護者の付き添いが必要になる。しかし、それは介護者のストレスとなるため、多くの視覚障がい者は介護者の介助や高度な技術の助けを借りずに一人で外出することを選択してしまう。
さらに追い打ちをかけるように、コロナ禍によって視覚障がい者の置かれている状況は一層厳しくなっている。感染予防のため人との接触や会話が減るため、他者との距離感がつかみづらくなるからだ。そしてますます援助も頼みにくくなる。
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様々な点字ブロック

新たな点字ブロックの検出手法で、視覚障がい者が自由に歩ける世界を


歩行支援システムの研究は50年以上前から行われている。近年では、既存のインフラを生かせるというメリットもある、公共の場に多く設置されている点字ブロックの利用に注目した研究が増えている。日本人にとっては見慣れた点字ブロックは、実は日本が発祥である。一般的に黄色が多いが、日本でもたまに黄色ではない点字ブロックがある。海外でも黄色ではない点字ブロックが散見される。
これまでの研究では、無線通信や精密機器を取り付けることで点字ブロックを検出する手法や、固定した色のしきい値を画像に適応することで点字ブロック領域を検出する手法などがあった。しかし必要な機器を各所に設置しなければならないなど、時間と費用の投資が大きく現実的ではなかった。また、一般的な黄色の点字ブロックのみを検出したり、各国特有の色の点字ブロックを検出する手法もあったが、国やその環境により色が異なると対応できないなど、利用条件の制限が多いことがネックだった。また、視覚障がい者が持ち運ぶには大変な大型のハイスペックパソコンも必要だった。
そこでチンタカ准教授は、点字ブロックにおける一定の色の分散とエッジ情報に注目した。考案したのは点字ブロックのHSV(色を色相(Hue))、彩度(Saturation)、明度(Value・Brightness)の3要素で表現する方式)ヒストグラムを基に、統計的に解析して点字ブロック領域を検出するシステムだ。この結果、91.6%という高い検出精度を得ることに成功。国外の実験においても、ヨーロッパ各国平均では92.1%、アジア各国平均では94.5%となり、様々な状況下でも検出精度が低下することはなく、国や地域、色の違いに対しても堅牢な画像処理プロセスであることが確認できた。また、デバイスの大型化問題についても、クレジットカードサイズの小型マイコンでも十分使用可能なシステム構築を実現した。将来的にはスマートフォンへの実装や、専用のデバイスとして身体に装着して使用することが期待される。
チンタカ准教授は「本研究の最終目標として、視覚障がい者の方が皆、世界中どこでも安心して歩けるようにしたい」と語る。今後は、検出率や処理速度のさらなる向上を図ることでシステムの実用化を目指す。その先には、視覚障がい者の「当たり前」が大きく変わる社会が見えてくるであろう。

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歩行支援システムの機器と運用イメージ
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点字ブロック内外のヒストグラムの比較による検出手法
 


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profile
プレーマチャンドラ チンタカ 准教授
工学部電子工学科

専門はAI、映像・音声処理、移動・飛行ロボット、高度道路交通システム。2000 年日本国費留学生として来日、2004 年国立米子高専電子制御工学科卒、2006 年三重大学工学部電気電子工学科卒、2008 年三重大学大学院修士課程修了、2011 年名古屋大学大学院博士課程修了。2011 年博士(工学)を取得。2012 年東京理科大学助教、2016 年芝浦工業大学助教を経て、2018 年同大学准教授に就任。


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【SIT Lab Vol. 15】グローバルな画像認識技術で視覚障がいを支援する
(広報誌「芝浦」2021年夏号 掲載)

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