ロールモデルインタビュー4

荒木倫美建築設計事務所 荒木倫美さん(2017年度)

芝浦工業大学を卒業し、社会で活躍している女性の先輩に対して、我々学生が就職活動や仕事、将来、ライフコースについて不安に思っていることを伺う機会を作り、とくに女子学生の、仕事を含む人生全体のキャリアイメージを描く参考となる情報を広く共有できるように発信するこの企画。今回は、建築学科学士課程修了、荒木倫美建築設計事務所の荒木倫美さんにインタビューを行った。

インタビューのお相手
荒木倫美(あらきともみ)
工学部建築学科卒業後、大成建設株式会社に入社。設計本部に勤務。同社を退社し、ロンドン大学 (University College London) にて建築修士号取得。英国王立建築家協会認定建築家。ロンドンのDavid Chipperfield Architects 等に勤務後、現在、荒木倫美建築設計事務所主宰。

インタビュアー・撮影・編集スタッフ
関根実由 工学部 情報工学科 2年/FM芝屋 アナウンサー
佐久間 ひなの デザイン工学部 デザイン工学科 2年/FM芝屋 アナウンサー
松崎 彩花 工学部 情報工学科3年/FM芝屋 アナウンサー
秋本 知輝 工学部 電子工学科 3年/FM芝屋 ディレクター
荒木倫美建築設計事務所 荒木倫美さん

仕事について

日本のゼネコンに就職後、海外に留学、イギリスで就職を決めた理由について教えてください

アーキグラムのピーター・クック教授がロンドン大学 (University College London) の建築学部のバートレット (The Bartlett School of Architecture) で面白い修士教育を行っていると聞いて、学部生の頃からその修士コースに行きたかったのですが、親に大学院は自分のお金で行きなさいと言われて、学部卒業後、大成建設の設計本部に就職しました。
その仕事が面白くて結構長居してしまったのですが、やはりその教育を受けたいと思い、大成建設を辞め、イギリスへ留学しました。そして、修士終了後に当時はビザの関係でEU内の人(ヨーロッパ人)でないと就職は難しいと言われたのですが、日本にいたときからデビット・チッパーフィールドという建築家のもとで働きたいと思っていたので、そこに受かったらイギリスで働いて、だめだったら日本に帰ろうと思っていました。結局そこに就職できてビザも取ってもらえたので、その後、転職などもしながらイギリスの建築家資格も取り、5年間働いて、修士の1年間も含めて、6年間イギリスにいました。 ロンドンの街がとても好きだったことも6年間滞在したことの理由の一つです。
イギリスが語られるときに「伝統と革新」という言葉が使われますが、古い建築と新しい建築の対比がロンドンという都市を活性化していることに興味を持っていました。ロンドンは多種多様な価値観を持つ人が集まっている都市で、ロンドンの持つ、異なる文化や多様性を受け入れる寛容さにも魅かれました。
試験に合格しました。

イギリスの建築家資格ってどのようなものなんですか?

日本の一級建築士は意匠・計画系の人も、構造系、設備系、施工系の人も含まれます。それに対しイギリスの建築家資格は、日本で言うところの、意匠・計画系の人のみが取る資格です。構造エンジニアや設備エンジニアや施工者は別です。イギリスの建築家資格者は日本の一級建築士の約10分の1の数しかいません。イギリスの建築家になるための教育はパート1、パート2,パート3の資格を取るために分かれています。パート1が大学で3年間の教育を受けた後の試験によって取る資格、パート2はさらに二年間の教育を受けた後の試験によって取る資格、パート3はイギリスでの2年以上の実務をした後にフルタイムで働きながらパートタイムで大学院で勉強してからの試験によって取る資格です。パート3を取ると、イギリスの建築家資格を得ることができます。日本の建築士養成の教育とはかなり異なっています。 私は既に日本の一級建築士の資格を得た後の職務経験がありましたので、パート1とパート2は書類審査と口頭試問を受け、イギリスで働きながら、当時はログシートと言って、毎月、その月に行った業務について自分と上司がそれぞれレポートを書き、大学院でチェックを受けるということを2年間続けつつ、仕事を続けながらパート3の大学院に通い、最終試験に合格しました。

イギリスの建築家資格をとってよかったと思うことはありますか?

イギリスで働くには、やはり資格を取ってからの方が責任の重い、やりがいのある仕事を任せてもらえるので、取ってよかったです。 先程お話したパート3の教育課程は、日本の教育とかなり異なっていました。建築家としての倫理について学ぶと共に、イギリスに何種類かある標準契約について学んだのですが、とても実務的で、過去に裁判になったときの判例を調べたりしました。提出するレポートもとても具体的かつ、学生個人の判断が求められるものでした。例えば、「○○市で○○という標準契約の物件の○○という工事段階で雪が一晩で○○mmが降り、工事が一週間遅れました。クライアントと施工者はこう言っていますが、あなたは担当の建築家としてどのような行動をとりますか。」といった設問でした。学生は過去の判例や、その地方でその時期の降雪量は予測される範囲内なのかを調べるとともに、契約の条項上ではこうであるが、運用上ではどうかということを、今までの自分の実務経験と照らし合わせて判断し、どういう行動を取るかをレポートに書きます。日本では全く勉強しないことですが、建築家として働くには非常に役立つことなので、勉強できてとてもよかったです。 また私の個人的意見では、イギリスにおいてのイギリスの建築家は、日本においての日本の一級建築士よりも社会的信用があると思います。その他にイギリスの建築家資格はヨーロッパ内の他の国の建築家資格やイギリス連邦内の建築家資格を取るときに、多くの試験を免除されることが多いので、将来役に立つことがあるかもしれないと思い、取得しました。

海外で働いてよかったと思うところは何ですか?

ロンドンではイギリス人だけでなく、色々な国から働きに来ている人がいて、一緒に働くと各々の国の国民性や働き方が見えて面白かったです。異なるバックグラウンドで異なる価値観を持った人達と、違うところに敬意を払いながら、それでも共通のゴールに向かってプロジェクトを進めていくと、予想を超えたいいものが出来上がるということがわかりました。これは日本人でも異なる価値観の人と一緒に仕事をする事があるので、とても大切なことだと思います。 また、私がこれまで携わったプロジェクトの所在地だけでも、イタリア、スペイン、イギリス。文化的背景の異なる国の多様な文脈の中で仕事をすることは、建築設計に従事するものとして学ぶところが多く、たくさんの刺激を受けることができました。

大変だったことは何ですか?

一つはコミュニケーションです。英語が流暢かどうかという問題だけではないですね。それぞれが当たり前だと思っていたことが、他の国ではそうではないので、自分はどう考えてその行動をしようとしているのかという意図を、論理立ててきちんと説明しないと、異なるバックグラウンドの人達の信頼を得て、ついてきてもらうことは難しいですね。でも、多様性が認められる文化なのだから、説明すればわかってもらえるので、その努力を怠らないことが大切ですね。 もう一つは、日本では何が起こっても最初に決められた工期は守るという傾向が強いのに対して、ヨーロッパは契約社会なので、何かが起こると、各々が契約にある権利を行使して、工期を延長したりするので、締め切りがどんどんずれていったりすることに、最初はストレスを感じました。

イギリスというと日本と言葉が違いますよね、言葉はイギリスに行ってから学んだのですか?

日本にいた時に、大学院に入学できるレベルまでは学んでからイギリスに行きました。結果的には、大学院に行ってからイギリスで就職したという順番が英語を習得するのに良かったと思います。 大学院の時は別に仕事ではないので、少し言葉が不完全でも、プレゼンテーションのときに英語がイマイチでも、みんな、先生も含めて、我慢して聞いてくれたので、その間にコースメイトにも協力してもらって英語力を伸ばしました。しかし、働くときにはやはりシビアで、英語が不完全だと責任ある仕事を任せてもらえないので、毎日の生活や仕事の中で学んでいった感じです。

芝浦工業大学の経験が仕事に役立った経験はありますか?

女子学生が少なかったという点で、自分がマイノリティであるという環境に強くなれました。イギリスで働く際には日本人として、アジア人としてマイノリティであったし、今では少しずつ変わりつつありますが、日本でも建築の業界では女性であることでマイノリティですが、それでも頑張れたというのは芝浦工業大学での経験があったからだと思います。

建築学科を選んだ理由は何ですか?

小さい時から絵を描いたり、ものを作ったりすることが好きでした。高校では数学や物理が好きでしたが苦手でした。当時「ポストモダンの建築」という展覧会が国立近代美術館で開催され、今でもカタログをとってあるのですが、どういう進路があるかなと思ったときにその展覧会を観に行って、「建築って面白そうだな」と思って建築学科に行きました。

大学時代に一番熱中したことはなんですか?

けんちくりんという、芝浦工業大学も含めて様々な大学の建築学科の学生が所属しているサークルに入っていました。一緒に、外部の学生にもオープンにしている色々な大学の講評会(学生が自分のプロジェクトをプレゼンテーションして先生方に講評してもらう会)を聴講したり、建築を見に行ったり、コンペティションに共同で応募したりして、それが大学時代に一番熱中したことだと思います。

学生時代にどのような研究をやっていたのですか?

芝浦工業大学の学部生時代は卒業設計で「湖畔の芸術家むら—静寂の風景—」といって湖と周辺の山々を取り込んだ自然の中で芸術家むらを作り、芸術家たちが周りの環境に触発されていい作品を作ってくれるのではないかと考えて、美術館等も含めた施設の建築群を作りました。 ロンドンでの修士論文は「感情を喚起する空間」というタイトルです。自分でも普段忘れてしまっている感情、普段は人の中で眠っている感情を思い起こさせる空間について興味があったので、そういった空間を作るには建築家はどうすればいいのか、どういった空間の要素が感情を揺り起こさせるのかというもので、光、太陽の動き、色、気候、マテリアル、匂いなどについて言及したものです。 修士論文の後の修士制作では、その中でも特に太陽の動きを取り出して、「日光のための部屋」というものを現寸で実際に人が入れる部屋を作り、太陽の動きとともに空間が変化していくようにして、そこにいる人たちの感情にどのように影響を与えるのかを検証しようとしました。 

ロンドン大学の大学院に行って印象的だったことはありますか?

印象的だったことは、建築では欧米人が主ではありましたが、留学生が多かったことと、そして講評会では講評する大学の先生に混じって、ちょうどその時にロンドンにたまたま来ていた世界中の建築家が飛び入りで参加して講評してくれて—講評してくれるというか徹底的に批評されるのですけれど(笑)—、それが面白かったですね。あと、日本の教育とちょっと違っているところは、最終成果物だけでなくてそれに至るプロセスも重要視されていて—それも徹底的に批評されるのですが—それが日本の教育と違うところだなと思いました。

今の学生にも海外に行ってほしいと思いますか?

必ずしも全員が行く必要はないと思うのですが、海外に師事したい先生がいる、働きたい事務所があるなど、少しでも行ってみたいと思う人がいれば是非行って欲しいと思います。日本での就職のことを考えて留学する人が減少していると聞きましたが、私にとっては人生観・世界観が変わる経験だったので、もし行きたいコースがあるとかなら是非行って欲しいと思います。 あと私は、先程お話ししたように、親に大学院へ行くなら自分でお金を貯めて行きなさいと言われて、一度日本で就職してから行きましたが、実際自分のコースに行ってみたら、実務経験のある人ばかりでした。建築以外も同じかわかりませんが、学部からダイレクトに行く機会がなかったとしても心配しないで、行きたい気持ちがあれば行って欲しいと思います。 

イギリスの建築家資格は意匠系と聞いているんですけど構造系の資格がほかにあるんですか?

意匠系は建築家になり、構造系は構造エンジニアになります。 通常、意匠系と構造系は大学1年生から別々のコースで学び、日本の建築学科みたいに一緒の学科で勉強したりはしません。仕組みがだいぶ違います。 

海外に行くときに英語が壁になると感じたりためらわれたりしませんでしたか?

一応学部の時からずっと行きたいと思っていたので、学生時代に特別に英語が得意だったわけではありませんが、大学院に留学するために勉強していました。イギリスの設計事務所に就職するとなると、やはり英語の正確さが必要ですが、大学院の人や町の人は英語がちょっと不自由でも皆親切にしてくれて、ロンドンは外国人が多いので、完璧に話せなくても、町の人々がわかろうとしてくれている雰囲気を感じました。

芝浦工業大学で非常勤講師の仕事をしていたとお聞きしたのですがその時のことをお聞かせください。

非常勤講師で芝浦工業大学に戻ってこられて幸運でした。学生は熱心ですし、愛校心が強くなりました。芝浦の学生は、私が学生だった頃よりも、とても真面目だという印象を受けました。 建築学科の三年生の設計演習Ⅲ(図書館の設計)・設計演習Ⅳ(美術館の設計)という週に一度3コマ連続の科目を担当していました。イギリスの設計事務所で働いていたときに、マンチェスター大学のジョン・ライランズ図書館の改修と新館の設計とミラノのアンサルド美術館の設計をした経験が生かせてよかったです。 学生との対話は楽しいです。毎週のエスキースで皆の考えを聞くのは楽しいですね。課題は1つでも、一人一人全然違う考え方でアプローチしているし、学生の既成概念にとらわれない考え方に刺激を受けます。毎週の会話で各自のプロジェクトがブラッシュアップされていくのを見ると嬉しいです。毎週グループ内でプレゼンテーションしてもらっていましたが、初めは恥ずかしがり屋だったのに、最終講評会では素晴らしいプレゼンテーションをしていたのには目を見張るものがありました。 数年後、教え子が外部のコンペティションで入賞したりするのを見るのも嬉しかったです。 また機会があればぜひ教える仕事をしたいです。

日常の生活について

ストレスの解消法は何かありますか?

あまり大したことは言えないんですけど、睡眠を十分にとることです。でもストレスがたまると眠れなくなったりするので、そういう時はお気に入りの映画のDVDを観たり、愛読書というか何度も読んだ好きな本を読んだりして、リラックスして、頑張って寝ようとしています。(笑)

趣味などはありますか?

美術館巡りや映画を観に行くことや読書ですかね。

美術館行ったり映画観に行ったり本読んだりということですがそこから建築に関してインスピレーションみたいなものって沸いたりしますか?

インスピレーションを得ようと思って本を読んだことはないのですが、例えば先程の「感情を喚起する空間」という修士論文を書いたときに、いくつもの小説の場面が浮かんできました。私は空間の力というものを信じているというか、空間には力があると思っているのですけれど、それと似たようなことで、村上春樹さんとか永井荷風さんとかの小説の中に出てくる女性が、彼女たちが持っている力はささやかなものだけれど、すごく人の感情を揺り動かすといった話が出ていて、私が書いた空間の力についても、別に空間の力はささやかなものなんですけれど、中にいる人の心情や感情に共鳴すると大きな感情になってくるというようなことをその論文に書きました。「空間と文学について」も研究しようかなと思っています。

最後になるのですが芝浦工業大学の学生に一言メッセージをお願いします。

人と違うことを恐れないで、自分の心の声に従ってチャレンジして欲しいです。

ありがとうございました。

ありがとうございました。