気候変動により変わりつつある洪水リスクを把握

2021/07/21
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近年の洪水頻度の変化を検出し、地球温暖化の影響を明らかに

芝浦工業大学(東京都港区/学長 山田純)工学部土木工学科平林由希子教授、東京大学生産技術研究所(東京都目黒区/所長 岡部徹)山崎大准教授らの研究グループは、MS&ADインターリスク総研株式会社(東京都千代田区/取締役社長 中村光身)と共同で「グローバルな洪水リスク情報の効果的な活用方法に関する研究」(LaRC-Floodプロジェクト )に取り組み、気候変動により変わりつつある洪水リスクの解析に取り組みました。1984-2013における29年間の世界の洪水頻度の変化を衛星画像から検出し、さらに近年の洪水に対する地球温暖化の影響を、気候モデルを用いて解析しました。その結果、観測とモデルの両面から、一部地域では地球温暖化の影響が河川洪水にすでに現れ始めていることを示しました。
温暖化進行や人口増加などにより将来の洪水リスクは世界的に増大することが予想されていますが、今回の研究成果はその変化がすでに起きつつあることを示唆しています。本研究の知見は、企業や行政による洪水をはじめとした気候変動リスクの適切な分析を後押しすることで、温暖化被害の事前対策による削減に貢献できると期待されます。
【芝浦工業大学ニュース】気候変動により変わりつつある洪水リスクを把握.pdf

※2021年7月29日、世界の洪水頻度の変化を衛星画像から検出した期間を1984-2013の29年間に修正しました。

ポイント

  • 洪水氾濫域の増減傾向を衛星画像から検出する手法を開発
  • イベントアトリビューションで洪水発生への地球温暖化による影響を確認
  • 最新の温暖化実験(CMIP6)による洪水予測を公開


背景 顕在化しつつある地球温暖化リスク

温室効果ガス濃度の増加による気候変動の進行で、将来さまざまな自然災害リスクが増加することが予測されています。気候科学研究の進歩により、近年では将来のリスク変化を示すだけでなく、「現在すでに災害リスクが変化しているか?」「近年の災害にすでに地球温暖化の影響が現れているか?」を解析することが可能になりつつあります。これらは温暖化影響の検出と原因特定(Detection and Attribution)研究とよばれ、これまでに熱波・旱魃・豪雨といった主に気象災害に対する気候変動影響が議論されてきました。しかしながら河川洪水については、気象災害とくらべて空間スケールが小さく、かつ複雑なメカニズムで引き起こされるため、これまでDetection and Attribution研究で扱うことは難しいとされていました。本研究では、高解像度衛星画像の大規模分析と、最先端の気候モデルデータと全球河川モデルを組み合わせた解析により、近年の洪水に対する地球温暖化の影響を検出することを試みました。

洪水氾濫域の増減傾向を衛星画像から検出する手法を開発

数百万枚の衛星画像から作成した水存在比の過去の変化と、高解像度の河川の地形図から、洪水氾濫域の洪水発生や規模の増減傾向を検出する手法を開発しました。衛星画像から抽出した、河川氾濫域の1984年から2000年と、2000年から2013年の間の水の存在比の変化は、河川の年間最大日降水量の増減傾向と相関が高いことが分かりました。これによって、河川流量の観測が無い地域においても、洪水の頻度の変化を衛星画像から検出できる可能性を新たに示したことになります。この手法を適用して衛星画像からグローバルに推計した過去の洪水頻度の変化は、観測ができている場所の29%で増加傾向、41%で減少傾向でした。Hirabayashi et al., 2021a 
図1図1 衛星画像から作成した1984-2000と2000-2013の間の洪水氾濫原の水域変化Hirabayashi et al., 2021a


融雪による春の洪水は地球温暖化による影響を受けやすい

2010年から2013年の間に、経済的もしくは人的被害の大きい22の洪水について、地球温暖化がその発生しやすさに影響していたかどうかを、大規模アンサンブル気候実験を用いたイベントアトリビューションという気候変動影響の同定手法を使って明らかにしました。22の洪水イベントのうち、64%にあたる14イベントが、過去に進行する地球温暖化の結果、その発生しやすさが変化していました。北半球への降水量の増加や、気温の増加による積雪量の減少などが原因となり、融雪による春の洪水は、地球温暖化による影響を受けやすい(8洪水中7洪水が増加または減少)ことが判明しました。
図2図2 地球温暖化による過去の洪水の生じやすさ2010年から2013年に生じた大規模な洪水のうち、過去の地球温暖化で生じやすさが増加したものが青、赤が減少、灰色が有意な変化がなかった流域 Hirabayashi et al., 2021b

図3図3 2010-2013の期間に、地球温暖化によって洪水の生じやすさが増加した流域(青)と減少した流域(赤)の分布 Hirabayashi et al., 2021b

最新の温暖化実験(CMIP6)による洪水予測

LaRC-Floodプロジェクトでは、企業や行政などによる将来の気候変動リスクの把握や対策などに役立てるため、2018年から地球温暖化による将来の洪水リスクマップを公開しています。今般、2021年から2022年に発行される予定の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第6次評価報告書にあわせて、最新のCMIP6温暖化実験による洪水リスクを新たに公開しました。Hirabayashi et al., 2021c
※最新の温暖化実験(CMIP6)に基づく将来の洪水リスク情報を7月21日にMS&ADインターリスク総研株式会社よりWebGISを利用して公開(https://www.irric.co.jp/LaRC-Flood)しました。

今後の展開

これまでのLaRC-Floodプロジェクトを発展させる形で、2021年7月1日から国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「官民による若手研究者発掘支援事業」の下、テーマ名「気候モデル出力と地理情報ビッグデータを活用した広域洪水リスク情報創出(JP21500379)」において、より高度な洪水リスク研究に取り組み、産業界での活用までを視野に入れた高精度の広域洪水リスク情報の創出とその実用化に向けた研究を加速します。

研究グループ

芝浦工業大学工学部 土木工学科 平林由希子 教授
東京大学 生産技術研究所 人間・社会系部門 山崎大 准教授
MS&ADインターリスク総研株式会社 寺崎康介 マネジャー上席研究員

論文情報

a.
著者名/Hirabayashi, Y., H. Alifu, D. Yamazaki, G. Donchyts and Y. Kimura
論文名/Detectability of variation in river flood from satellite images
掲載誌/Hydrological Research Letters, 15(2) 37-43, 2021a.
DOI/https://doi.org/10.3178/hrl.15.37
b.
著者名/Hirabayashi, Y., H. Alifu, D. Yamazaki, Y. Imada, H. Shiogama, and Y. Kimura
論文名/Anthropogenic climate change has changed frequency of past flood during 2010-2013
掲載誌/Progress in Earth and Planetary Science 8, 36.2021b.
DOI/ https://doi.org/10.1186/s40645-021-00431-w
c.
著者名/Hirabayashi Y., M. Tanoue, O. Sasaki, X. Zhou and D. Yamazaki
論文名/Global exposure to flooding from the new CMIP6 climate model projections
掲載誌/Scientific Reports 11, 3740. 2021c.
DOI/https://doi.org/10.1038/s41598-021-83279-w

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