SIT Academic Column 尿リキッドバイオプシーを実現するDNA抽出技術

2023/11/25
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感染症やがんの罹患を確定判断するためには、病変組織を直接採取して診断(生検、バイオプシー)することがしばしば求められるが、その侵襲性の高さが問題になっている。この生検に代わって、血液や尿など、低侵襲で採取できる体液を検体とする「リキッドバイオプシー」による検査が注目されている。二井信行教授は、体液から短時間でDNAを濃縮し、さらに診断に有用なDNAを選別しつつ効率的に分離・精製する技術と装置を開発した。

がんや病原体由来のDNAを簡単に抽出できれば検査が容易に

がんや伝染病への罹患の有無の判断基準となるがん細胞や病原体由来のDNAを、血液(血漿)や尿から取り出す時に最も問題になるのは、DNAの回収率が低いことだ。特にDNAが短鎖(サイズが小さい)なものは回収が難しくなる。腫瘍細胞や微生物由来のDNAは、正常な体細胞のDNAよりも体液中で断片化しやすく、かつ微量のため、現行の検査システムでは、効率良くDNAを集めて精製、分析することが難しいという大きな課題があった。

一般的に、核酸(DNAやRNA)を精製するには、核酸が特定の固相に吸着する性質(親和性)があることを利用した「固相抽出法」が主流だ。しかし、親和性はDNAが長鎖なほど高いという性質がある。つまり、固相抽出法では、長鎖で疾病の情報に乏しいDNAがもっぱら抽出されてしまうという厄介な結果となりがちである。

「そこで、電気泳動法を用いてDNAを回収することにしました。DNAには負電荷があり、+極に向かって移動する性質を持っています。電気泳動法では、DNAの大きさに関係なく、同じ力で引き寄せられていきます。ただし、その移動速度には差があり、DNAのサイズが長く大きいほど遅く動き、DNAが短く小さいほど速く動きます。この挙動をうまく利用することで、短鎖DNAだけを回収できると考えました」。


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目的のDNAだけを取り出せる「過渡的等速電気泳動法」を開発

電気泳動法は、DNAの鎖長など、高分子の分子量を知るために広く用いられている方法だ。しかし、二井研究室では、電気泳動法に「等速電気泳動」という少し違う方法を組み合わせた。等速という言葉から想像できるように、電気泳動の条件を工夫することで、DNAのサイズに関わらず、同じ速度で移動させる方法だ。これを利用すると、鎖長にかかわらずDNAを一カ所に濃縮できる。

「等速電気泳動法だけでは、いろいろなサイズのDNAが無差別に集まってきてしまいます。そこで、はじめに等速電気泳動法によってDNAを一カ所に集めて濃縮した後に、通常の電気泳動法に切り替わるように工夫します。すると長いDNAは遅くなり、一方で短いDNAが速く動くようになります」。

つまり、まず等速電気泳動法でDNAを濃縮しておき、次のステップで通常の電気泳動法を適用することで、速く動いていく短いDNAだけを回収できるようになるわけだ。この、等速電気泳動法と電気泳動法の組み合わせである「過渡的等速電気泳動法」を利用し、短鎖DNAだけを選択的に回収できるようになった。

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過渡的等速電気泳動法。従来の電気泳動法の前段に、等速電気泳動を過渡的に生じさせる方法の総称。


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検査技術の開発に加えて、検査の助けとなる装置までも開発

二井研究室では、この過渡的等速電気泳動法によるDNAの濃縮と分離のプロセスをより実施しやすくするためのもうひとつのアイデアとして、開放型の流体デバイスを開発した。従来、電気泳動は、寒天などのゲルの板材や、ガラスの細管、マイクロ流路(実はこれも二井研究室の専門)で行われていた。電気泳動を妨げる拡散現象と電気浸透流を抑えるためである。しかし、ゲル板材や細管内で、DNAを濃縮したり分離したりすることはできるが、分離後にDNAを取り出すという操作が難しいという課題が残っていた。

そこで、従来の細管を「雨どい」のような開放型にすれば、ゲル中で分離したDNAを容易に取り出せる。そして、そもそも等速電気泳動を成立させるために、2種類の緩衝液で、検体を両側から挟むように配置する必要がある。つまり3種類の液体による3層を用意しなければならない。しかし、細い管のような閉空間で液体を3層の状態にするのは、準備に手間がかかる大変な作業だ。

「3重の緩衝液のカクテルを作ることもできましょうが、1回の検査ごとにそれをやるのは酷です。私が開発した『オープン流路装置』を使えば、仕切りをしておいて上から同時に液体を入れることで、液体が混ざらないまま3層でも10層でも簡単に作れます。検査時に自動で層を作り、等速電気泳動法に対応できれば、実用的なDNA分離法になります」。

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疾病由来DNAの短い断片を、容易かつ簡便に分離・抽出するために「開放型動的再構成流体システム」を設計。

患者の負担をもっと減らせる尿からのDNA抽出にチャレンジ

二井教授は、留学先の米国スタンフォード大学において過渡的等速電気泳動を学び体験した。その時、血漿の等速電気泳動が極めて不安定になる現象に直面したことをきっかけに、等速電気泳動を効率的に行える開放型流体システムを考案した。この手法を用いて、PCR検査では陽性とならなかった結核患者の血漿から、結核菌由来のDNAを検出することに成功している。

現在、二井研究室では検査対象を、含まれるDNA量が血漿よりも少ない尿にまで広げて、より効率的に分離・回収する方法を模索しているところだ。実は尿からDNAを分離・回収するのは、血漿よりもずっと困難だ。というのも、尿に含まれるDNAは微量なのでできる限り多い量を使いたいが、大量の尿をそのまま泳動路に入れられない。そこで可能な限りDNAをロスしないように予備濃縮を行って、過渡的等速電気泳動を適用しようとしている。

「私たちは、そのプロセスを最適化し、濃縮状況に合わせて、新たな泳動条件や予備濃縮の方法を検討しています。最終的に、血漿ではなく、より低侵襲な検体である尿で効率的に検査できるようになれば、子どもからお年寄りまで、幅広い患者に貢献できます。研究のためとはいえ、結核患者の尿を集めることは簡単ではありませんから、結核専門病院の方々にも、私たちの技術を知ってもらい、臨床試験が行えるような協力体制を構築していきたいと考えています」。

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二井 信行 教授

工学部

機械工学科


2003年東京大学工学系研究科情報工学専攻、ミシガン大学バイオメディカル工学科研究員、東京電機大学総合研究所助教を経て、芝浦工業大学、工学部機械工学科教授。2018年スタンフォード大学客員研究員。(マイクロ)流体デバイスと関連技術を研究。研究対象は主に細胞だが、DNAなどにも対象を広げている。患者にやさしい、より簡便な方法を見つけることをモットーに開発を行っている。

(広報誌「芝浦」2023年秋号 掲載)


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