しばうら人 加藤 篤さん(NPO 法人日本トイレ研究所)

2023/08/25
  • しばうら人
  • 卒業生

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防災・環境整備・健康増進...
多角的な視点から
「トイレ」を通じて社会課題に取り組む

トイレは健康維持や生活の質の向上に大きな役割を果たしているにも関わらず、課題が表面化しづらく、見過ごされやすい。
NPO法人日本トイレ研究所の加藤篤代表理事は「トイレを通して」社会的課題を発見するとともに、解決を目指して活動を続け、人の命や尊厳にも関わるトイレの改善に力を尽くしている。

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加藤 篤さん

NPO法人日本トイレ研究所

代表理事
1996年3月
システム工学部(現・システム理工学部)
環境システム学科卒業

なぜトイレは切実な問題なのに後回しになるのか

現在、日本トイレ研究所は①防災、②快便、③バリアフリーの3つの活動に特に力を入れている。
 
まず「防災」面では、災害が起きたとき、水や食料と並んで人々を悩ませるのがトイレの問題だ。排泄は災害時も「待ったなし」であり、食事を丸1日我慢できたとしても、排泄を我慢することはできない。多くの人が集まる避難所では、事前に備えがないとトイレはあっという間に不衛生な状態に陥り、感染症が拡がりやすくなる。さらに被災者がトイレの回数を減らそうと水分摂取を控えると、脱水症状から震災関連死が増える悪循環に陥りがちだ。 

加藤さんは2004年の新潟県中越地震以降、東日本大震災、熊本地震、西日本豪雨など、大きな災害が起きるたびに被災地に足を運び、トイレ調査や改善策の検討、被災者への聞き取り調査などを実施。災害時に向けたトイレの備え方や建物ごとの防災トイレ計画の作り方などの啓発活動を続けるほか、災害時トイレ衛生管理講習会を開催し、災害時のトイレ対応ができる人材の育成に努めている。

 「災害時、トイレは毎回困り事の上位に挙がってきます」と語る加藤さんの言葉にも力がこもる。「ところが、水や食料は少しずつ啓発が進んで早く届くようになったのに、トイレはどうしても後回しになりがちです。これは快適な水洗トイレがあまりにも当たり前になりすぎて、トイレ問題の深刻さが理解されていないことが原因だと考えています」
 
切実な問題のはずなのに、なぜトイレは後回しになってしまうのか。その理由を加藤さんは明快に指摘する。

そもそも水洗トイレとは、便器だけでなく、給排水・下水道・浄化槽・電力・プライバシーを保てる空間などがすべて成り立って、初めて機能するシステムだ。しかも、給排水や下水道は国土交通省、感染症対策は厚生労働省、し尿処理は環境省と担当省庁も異なり、全体のシステムの統括者が存在しない。また、排泄関連の悩みは話題にしづらく、トイレの困り事は人それぞれであることも被災者が声を上げづらい要因になっている。こうした理由が被災地のトイレ対策を遅らせているわけだが、一方で加藤さんたちの地道な活動が実を結び、「トイレの備えに動き始めている人や地域が増えている」という。

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球磨村豪雨の際の仮設トイレ支援

排泄を通じた健康チェックの習慣づくり

主な活動の2つ目「快便」では、子どもの便秘対策に取り組んでいる。便秘は大人特有の症状と思われがちだが、実は子どもにも増えていて、0歳児の便秘も少なくない。にもかかわらず、便秘の知識がなく、排泄について話す習慣もないため、子ども本人も大人も便秘に気づきにくい。この問題に対して、同研究所では出前授業や啓発冊子の作成、保育士・幼稚園教諭・養護教諭などへの研修会を開催している。

「毎年11月中旬を“うんちウィーク”と名付け、2022年度は全国の公立小中学校127校の14050人に“うんちチェックシート”をつけてもらったところ、1~2割の子どもに便秘の症状があることが分かりました。子どもたちはシートを記入する際に自分の便を観察するようになり、生活改善に取り組むきっかけになったと聞いています。これを機会に排泄を前向きに捉えて、健康を保つためのスタートにしてほしいと考えています」

3つ目の「バリアフリー」は街なかのトイレのバリアフリーのあり方を考えるもの。高齢者・障がい者・外国人・LGBTQ…多様な人々が気持ちよく使えるトイレが整備されるよう、自治体や商業施設へのヒアリングなどを続けている。

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フォーラムでの講演の様子
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うんちチェックシート

分野横断的に学べる環境が俯瞰的な視点を養成

加藤さんがトイレに着目したのは、大学卒業後に就職した設計事務所で図面を引いているときに違和感を覚えた経験からだった。 

「マンション設計が中心の事務所でしたが、間取りのトレンドには力を入れるのに、トイレは毎回サンプル集からのコピペの繰り返し。トイレは家族の生活が凝縮される場なのに、なぜ 軽んじられているのか。トイレを切り口に都市環境デザインを考えられないか。自分はトイレを通して社会を見つめていこう、と考えたことが、今につながっています」

そもそも芝浦工業大学のシステム工学部(当時)に進学したのも、都市環境デザインを学びたかったため。学部内には都市計画、心理学、建築学など、まちづくりの専門性に関連する研究室が混在しており、「枠をつくらない思考」「自由に分野横断できる学び」がそこにあった。当時は意識しなかったものの、特定の分野に捉われない環境が、複数分野が機能して成り立つ水洗トイレシステムへの俯瞰的な視点を培っていった。

「振り返ってみれば…ですが、排泄・トイレ空間・汚水処理など、今、私たちが実践している、トータルでトイレを考えるという発想は、大学時代に学んだ環境システムの考え方そのものでした」 

今後も、同研究所は医療・食品・教育・防災などの幅広い分野で、排泄とトイレを考え、環境の改善を目指す。その際、連携する相手は省庁、自治体、研究者、企業、市民など、実にさまざまだ。 

「知識・年齢・ジェンダーを越えて同じテーブルについて話せるのがトイレの魅力です。小学生もトイレを使っているという意味ではプロですからね。今後も多くの関係者と協力し、トイレを通じて社会課題を解決していきたいと思います」

(広報誌「芝浦」2023年夏号掲載)