地域の特性に応じた自殺対策の推進へ -政策単位間での自殺の地域差を可視化-

2022/08/18
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【ポイント】
  1. 自殺対策の基礎資料となる自殺の地域格差を可視化した。
  2. 2009〜2018年の自殺統計資料から自殺の割合の高低を数値化し、政策単位(市町村、二次医療圏、都道府県)間の見え方の違いを検証し、都道府県単位のみで評価すると見落としかねない自殺の多い/少ない地域を明らかにした。
  3. 都道府県・市町村が相互連携した自殺対策計画策定への活用が期待される。
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概要

2016年4月の自殺対策基本法の改正により、すべての都道府県と市町村に自殺対策計画の策定が義務付けられました。計画策定のガイドラインには、市町村と都道府県の連携の必要性が明記されています。
香田(九州大学)、近藤(千葉大学、国立長寿医療研究センター)、髙橋(国立長寿医療研究センター)、尾島(浜松医科大学)、篠崎(東京理科大学)、市川(芝浦工業大学)、原田(岡山大学)、石田(宮崎大学)の研究グループは、その自殺対策計画の基礎資料となる自殺の地域格差を可視化しました。
一般に市町村で自殺死亡の高低を評価する際には、自殺死亡率や標準化死亡比(standardized mortality ratio: SMR)(※1)という指標が用いられますが、人口規模の小さい地域では変動が大きくなることが知られています。本研究では、階層ベイズモデル(※2)という手法で、2009〜2018年の自殺統計資料から人口の影響を小さくしたSMRを算出しました。政策単位(市町村、二次医療圏、都道府県)間の見え方の違いを検証し、都道府県単位のみで評価すると見落としかねない自殺の多い/少ない地域を明らかにしました。
本研究結果をもとに、それぞれの地域で自殺のリスク要因や保護要因を比較・分析するきっかけになることや、市町村は地域の特性に応じた自殺対策を推進し、都道府県は地域格差を把握し二次医療圏など市町村の圏域を越えた地域との連携協力を発展する役割を果たすことが期待されます。
本研究成果はアメリカ合衆国の雑誌「PLOS Global Public Health」に2022年8月16日(火)(日本時間午前4時)に掲載されました。
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研究の背景と経緯

日本はG7先進国の中で最も自殺死亡率が高く、自殺対策は重要な政策課題の一つです。2006年に自殺対策基本法が制定され、社会全体で自殺対策が総合的に推進されていきました。2016年には自殺対策基本法の一部改正により、すべての都道府県および市町村が自殺対策計画を策定することが義務づけられ、厚生労働省の地域自殺対策計画策定のガイドラインには、市町村と都道府県による連携の必要性が明記され、それぞれが強力に、かつ互いに連携して総合的に自殺対策を推進するよう求められています。
2017年の第3次自殺総合大綱では、「地域自殺実態プロファイル」がそれぞれの自治体に配布されるようになり、計画策定の基礎資料となっています。こうした取り組みもあり、日本の自殺者数は1998年から2011年まで3万人を上回っていましたが、2021年は年間21,007人と、2万人前半まで緩やかに減少しています。しかしながら、国際的にみて依然として日本の自殺死亡者は多く、更なる対策が求められています。
これまで政策単位間での自殺の地域格差の見え方の違いに着目した報告はありませんでした。同一の都道府県でも、隣り合う市区町村のそれぞれで課題が異なる可能性があります。どの地域に着目して有機的かつ効果的に連携すればよいか明らかにするために、政策単位間の自殺の地域格差を分析しました

研究の内容と成果

<指標の作成>
一般に市町村で自殺死亡の高低を見る際には、自殺死亡率や標準化死亡比(standardized mortality ratio: SMR)(※1)という指標が用いられますが、人口規模の小さい地域では変動が大きくなってしまうことが知られています。本研究では、階層ベイズモデル(※2)という統計手法で、2009〜2018年の自殺統計資料から人口の影響を少なくしたSMRを算出し、自殺の高低の指標としました。資料は警察庁が集計し、厚生労働省が公開している「自殺の統計」から居住地データを使用しました。2018年時点の47都道府県、335二次医療圏、1,896市区町村が対象となりました。対象期間中に政令指定都市になった岡山市、相模原市、熊本市はそれぞれ1市(1,887市区町村で計算)としています。
 
<2変量マップの作成>
それぞれの政策単位間での見え方を比較するために、2つの政策単位を1つの地図に可視化しました。SMRを3分位に分け、組み合わせを9パターンに塗り分けています。この可視化の方法で政策単位間の自殺の地域格差を検討したのは、本研究が初めてです。
 
<成果>
都道府県、市区町村ともにSMRが高い紺色の地域は185箇所、共にSMRが低い灰色の地域は220箇所ありました。都道府県全体ではSMRが高いが市区町村でSMRが低い青色の地域は26箇所都道府県全体ではSMRが低く市区町村でSMRが高い赤色の地域は40箇所認めました。男女別および、都道府県と二次医療圏、二次医療圏と市区町村でも同様にして分析を行っています。
青色の地域は、都道府県全体では自殺が多くても自治体固有の自殺対策がうまく行っている可能性があります。この地域に着目することで自殺予防要因を見出せる可能性があります。一方で赤色の地域は、都道府県単位のみで評価すると見落としかねない自殺の多い地域と言えます。自殺のリスク要因を同定し、圏域を越えた地域との連携協力を含めて都道府県が対策を検討する必要性が示唆されます。
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今後の展開

本研究では、政策単位間の自殺の地域格差を浮き彫りにすることで、自殺の要因をより詳細に検討するための基礎資料として活用されることが期待されます。地域格差を認める地域と隣接する地域は、地理的・社会経済的な背景構造が類似していると考えられ、それぞれの地域を比較・分析することで、その地域の自殺のリスク・保護要因を見いだせる可能性があります。加えて、政策立案者や研究者は、都道府県のみの分析では見落としかねない自殺の多い/少ない地域があることに注意し、これまで都道府県単位で行われた過去の研究も、市区町村や二次医療圏といった、より詳細な地域で分析を検討する必要性があることが示されました。
本研究成果をもとに地域格差を把握し、市町村は地域の特性に応じた自殺対策を推進することが期待されます。都道府県は市区町村・二次医療の双方において特定の行政権があることから、二次医療圏など市町村の圏域を越えた地域との連携協力を発展する役割を果たすことが期待されます。
 

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【用語解説】
(※1) 標準化死亡比(standardized mortality ratio: SMR)
・・・単純な自殺死亡率では、その地域の年齢分布のばらつきが調整されていません。標準化死亡比は年齢調整の一つの方法で、全国の年齢別の自殺死亡割合と当該地域の年齢別人口から想定される自殺死亡者数を算出し、実際の自殺死亡者数と比べたもので、自殺の高低の指標として用いられます。
 
(※2) 階層ベイズモデル
・・・標準化死亡比は、人口が多い地域と少ない地域では推定値の誤差が大きく異なり、人口の異なる地域間の比較には適していない指標であることが分かっています。その問題を解決する方法の一つとして階層ベイズモデルがあり、人口による誤差の影響を小さくすることで、より正確に地域間の比較を行っています。
 
【謝辞】
本研究はJSPS科研費 (JP19K19462)、革新的自殺研究推進プログラム(R1: 1-4, H30: 3-2 and H29: 3-2)の助成を受けたものです。
 
【論文情報】
掲載誌:PLOS Global Public Health
タイトル:Spatial statistical analysis of regional disparities in suicide among policy units in Japan: Using the Bayesian hierarchical model
著者名:Masahide Koda*, Katsunori Kondo, Satoru Takahashi, Toshiyuki Ojima, Tomohiro Shinozaki, Manabu Ichikawa, Nahoko Harada, Yasushi Ishida
DOI番号:10.1371/journal.pgph.0000271
URL:https://journals.plos.org/globalpublichealth/article?id=10.1371/journal.pgph.0000271
 
【発表者】
香田 将英(九州大学キャンパスライフ・健康支援センター 健康科学部門 講師)
近藤 克則(千葉大学 予防医学センター 教授/国立長寿医療研究センター 老年学評価研究部長)
高橋 聡 (国立長寿医療研究センター 外来研究員)
尾島 俊之(浜松医科大学 医学部 医学科 健康社会医学講座 教授)
篠崎 智大(東京理科大学 工学部 情報工学科 講師)
市川 学 (芝浦工業大学 システム理工学部 環境システム学科 准教授/社会システム科学研究センター センター長)
原田 奈穂子(岡山大学 学術研究院ヘルスシステム統合科学学域 教授)
石田 康 (宮崎大学 医学部 臨床神経科学講座 精神医学分野 教授)